最高裁判所第二小法廷 平成8年(行ツ)60号 判決 1997年10月17日
上告人
国
右代表者法務大臣
下稲葉耕吉
右指定代理人
細川清
外一二名
被上告人
甲一男
右法定代理人親権者
甲一女
右訴訟代理人弁護士
山下基之
松田生朗
同訴訟復代理人弁護士
加納小百合
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人増井和男、同河村吉晃、同髙野伸、同佐村浩之、同折目斎、同寳金敏明、同山田知司、同植垣勝裕、同柳井康夫、同原優、同田村耕三、同本間章一、同田辺豊、同松田喜久の上告理由について
外国人である母が子を懐胎した場合において、母が未婚であるか、又はその子が戸籍の記載上母の夫の嫡出子と推定されないときは、夫以外の日本人である父がその子を胎児認知することができ、その届出がされれば、国籍法二条一号により、子は出生の時に日本国籍を取得するものと解される。これに対し、外国人である母が子を懐胎した場合において、その子が戸籍の記載上母の夫の嫡出子と推定されるときは、夫以外の日本人である父がその子を胎児認知しようとしても、その届出は認知の要件を欠く不適法なものとして受理されないから、胎児認知という方法によっては、子が生来的に日本国籍を取得することはできない。もっとも、この場合には、子の出生後に、右夫と子との間の親子関係の不存在が判決等によって確定されれば、父の認知の届出が受理されることになるが、同法三条の規定に照らせば、同法においては認知の遡及効は認められていないと解すべきであるから、出生後に認知がされたというだけでは、子の出生の時に父との間に法律上の親子関係が存在していたということはできず、認知された子が同法二条一号に当然に該当するということにはならない。
右のように、戸籍の記載上嫡出の推定がされない場合には、胎児認知という手続を執ることにより、子が生来的に日本国籍を取得するみちが開かれているのに、右推定がされる場合には、胎児認知という手続を適法に執ることができないため、子が生来的に日本国籍を取得するみちがないとすると、同じく外国人の母の嫡出でない子でありながら、戸籍の記載いかんにより、子が生来的に日本国籍を取得するみちに著しい差があることになるが、このような著しい差異を生ずるような解釈をすることに合理性があるとはいい難い。したがって、できる限り右両者に同等のみちが開かれるように、同法二条一号の規定を合理的に解釈適用するのが相当である。
右の見地からすると、客観的にみて、戸籍の記載上嫡出の推定がされなければ日本人である父により胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情がある場合には、右胎児認知がされた場合に準じて、国籍法二条一号の適用を認め、子は生来的に日本国籍を取得すると解するのが相当である。そして、生来的な日本国籍の取得はできる限り子の出生時に確定的に決定されることが望ましいことに照らせば、右の特段の事情があるというためには、母の夫と子との間の親子関係の不存在を確定するための法的手続が子の出生後遅滞なく執られた上、右不存在が確定されて認知の届出を適法にすることができるようになった後速やかに認知の届出がされることを要すると解すべきである。
所論は、戸籍の記載上嫡出の推定がされる場合においても、父が胎児認知の届出をすれば、その届出は、いったん不受理とされるものの、後に前記の親子関係の不存在が確定されれば、改めて受理されることになり、その結果、子は、父との法律上の親子関係が出生時からあったものと認められ、国籍法二条一号により、日本国籍を取得するに至るから、右の場合にも嫡出でない子の生来的な日本国籍取得のみちが閉ざされているわけではないと主張する。しかしながら、不適法として受理されない胎児認知の届出をあえてしておく方法があることをもって国籍取得のみちがあるというのは、適当でないことが明らかである。のみならず、所論の場合に子の生来的日本国籍取得を認めることは、出生の時点では父と子の間に法律上の親子関係があるとはいえなかったにもかかわらず、後の事情変更により、当初から法律上の親子関係があったと取り扱う例を示すものにほかならず、父が、胎児認知を届け出ても不適法として受理されないと考えて、まず認知の届出が適法に受理されるための手続を進め、その完了後速やかに認知の届出をするという方法を採った場合に、前記要件の下に同号の適用を認めることも、同号の合理的な解釈として許されるものというべきである。
原審の適法に確定した事実関係等によれば、(1) 被上告人は、平成四年九月一五日、韓国人である母甲一女の子として出生した、(2) 当時一女は日本人である乙野太郎と婚姻関係にあったため、被上告人の出生前に適法な胎児認知をすることはできなかった、(3) 同年一一月四日、一女と乙野は協議離婚した、(4) 同年一二月一八日、乙野と被上告人との親子関係不存在確認の調停が申し立てられ、同五年四月二七日、右親子関係不存在確認の審判がされて、同年六月二日、右審判が確定した、(5) 同月一四日、日本人である丙野次郎が被上告人を認知する旨の届出をした、というのである。右事実関係によれば、被上告人の出生後遅滞なく乙野と被上告人との親子関係不存在を確認するための手続が執られ、これが確定した後速やかに丙野が認知の届出をしたものということができ、客観的にみて、戸籍の記載上嫡出の推定がされなければ丙野により胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情があるというべきであり、このように認めることの妨げになる事情はうかがわれない。そうであれば、被上告人は、日本人である丙野の子として、国籍法二条一号により、日本国籍を取得したものと認めるのが相当である。
以上と結論において同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであり、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大西勝也、同根岸重治の各補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官大西勝也の補足意見は、次のとおりである。
国籍法二条一号にいう「出生の時に父が日本国民であるとき」とは、一般には、子の出生時において、日本国民である父との間に法律上の父子関係が形成されていることを意味し、子の出生後にされた認知の効力が出生時に遡及する(法例一八条、民法七八四条)結果、出生時に法律上の父子関係が形成されるような場合は含まれないと解すべきである。したがって、外国人を母とする非摘出子が日本国籍を取得するのは、一般には、子が胎児である間に日本国民である実父から認知され、出生時において法律上の親子関係が形成されているというような場合に限られることとなる。この点は、第一審判決及び原判決が一致して判示するところであり、法廷意見もこのことを前提としている。
本件においては、被上告人出生時に至るまで一女が乙野と婚姻関係にあったため、丙野が胎児認知の届出をしても受理されないであろう客観的事情があったことは明らかである。このような場合に、国籍法二条一号の「出生の時」という文言をどのように解釈すべきかが、本件の問題である。
国籍は、国家の構成員たる資格であるが、何人が自国の国籍を有する国民であるかを決定することは、国の固有の権限に属し、日本国憲法一〇条は、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」と規定している。すなわち、国籍法は、国家の構成員の範囲を定める国家存立の基本に関する公法であり、その解釈に当たっては、拡張解釈や類推解釈を極力避けることが要請される。しかし、一方において、国籍法は、親子関係等私法の規定によって決定される法律関係を前提とすることが多く、その解釈に当たっても、これらの先決的な問題の影響を受ける場合があることも、否定することができない。
被上告人の援用する昭和五七年一二月一八日付民二第七六〇八号法務省民事局長回答は、韓国人男と離婚した韓国人女の胎児について、離婚後三箇月目に日本人男が認知の届出をし、子の出生前であるため嫡出の推定を受けることとなるか否かが未確定であったがゆえに届出が受理されたところ、その後認知された子が離婚後三〇〇日以内に出生したが、事後において母の前夫と子との間に親子関係不存在の裁判が確定した場合には、前の胎児認知届は有効とされ、その結果、子は国籍法二条一号に該当するから、日本国籍を取得するとされた例である。この回答は、離婚後三〇〇日以内に出生することによって、いったん摘出の推定を受けることとなりながら、その後親子関係不存在の裁判が確定したことによって、当初から嫡出の推定を受けないこととなった事案に関するものであって、たまたま戸籍上の取扱いとして、胎児認知の届出が受理されていたため、右胎児認知の届出を有効と解したのに対し、本件の場合は、戸籍上の取扱いとして、胎児認知の届出は受理されないこととなっているため、有効な届出をすることができなかったにすぎない。両者とも、子の生理的な意味での出生時において、父が日本国民であることが法律上確定していなかったことにおいては何ら変わりがなく、国籍法二条一号の「出生の時」の解釈上、両者を全く別異に考えるのは相当でない。
もとより、一般に行政実例を解釈の直接の根拠にすることが本末転倒であることは、所論の指摘するとおりであり、また、前記の回答の当否については、議論のあるところであろう。しかし、前示のとおり、国籍の決定は国の固有の権限に属し、国籍及びそれに連なる戸籍の取扱いは、これらに関する法令の解釈を含めて、第一次的には、これらの事務を所掌する国の行政機関の決するところにゆだねられているのであるから、国籍の得喪について、国がいかなる解釈の下に、いかなる取扱いをしているかを度外視することはできない。前記回答は、国家が一定の解釈を示すことにより、その権限に基づき国籍を決定した例として、参酌すべきものである。
そうすると、子の出生前に胎児認知をすることができなかったが、子の出生の約三箇月後に母の夫と子との間の親子関係の不存在を確定するための法的手続が執られ、その不存在が確定されて適法に認知の届出ができるようになった日から一二日後に認知の届出をしたという本件の場合も、前記回答の場合と同様に国籍法二条一号に該当すると解するのが相当である。右法条の「出生の時」の意義について、生理的意味における出生の時より広い時間的範囲を含むと解することが、やや文理に合致しないとのそしりは免れないにしても、両者とも右「出生の時」に含まれると解することが、国家の統一的意思を示す合理的解釈というべきである。
付言するに、以上のような解釈は、法廷意見が述べるとおり、母の夫と子との間の親子関係の不存在を確定するための法的手続が子の出生後「遅滞なく」執られ、右不存在が確定されて認知の届出を適法にすることができるようになった後「速やかに」認知の届出がされることを前提としている。本来出生子の生来的国籍が浮動的であることは、国家の立場はもちろん本人の立場からも好ましいことではなく、生来的国籍は、できるだけ出生時点ないしそれに近接する時点において確定的なものとする必要がある。その意味では、右親子関係不存在の確定手続及び認知の届出をすべき期間を具体的数値をもって示すことにより、画一的基準を設定することが望ましく、また、これらについて、民法、国籍法、戸籍法等に参考とすべき規定がないわけではないが、結局は立法的解決を待つほかないであろう。本件は、国籍の浮動性防止の観点からしても、前記の解釈が許容される範囲内にある事例というべきである。
裁判官根岸重治は、裁判官大西勝也の補足意見に同調する。
(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)